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世界一周旅行(過去編)・第五章・4日目(ロンドン~ソフィア) [世界一周旅行]

昨年夏の旅行記の4日目、日本を出発してアメリカイギリスを経由してブルガリアへとやってきました。

2005年8月7日(日)

昨日の夕方、シカゴを発ったアメリカン航空の飛行機は大西洋を渡り、朝のロンドンへと向かう。

7時前、ロンドン・ヒースロー空港到着。BAのソフィア行きまでは2時間弱のトランジット。ターミナル3から、BAのヨーロッパ路線が発着するターミナル1へバスで移動。


(左)ターミナル1のBAのラウンジ。
(右)カプチーノとトーストで軽い朝食。ここで、ご存知の方も多いでしょう、あの「マーマイト」(オーストラリアでは『ベジマイト』)に挑戦。写真でもトーストの上に乗っている丸いのがそれです。パンに塗り、一口食べた感想は…塩辛さの中に苦味などがほんのり感じられ、それでいて発酵した香りが鼻を突く…
要するに、噂どおりマズイってことです。改めてアングロサクソンの味覚のデタラメさを認識させてくれる食べ物でありました。いや、彼らからすればご飯に海苔の佃煮なんて気味悪くて食べられないだろう。よし、ここは大幅に譲歩して、文化の違いということで今日は勘弁しておいてやろう。でも、フランス人やイタリア人でも不味いって言うと思うよ、マーマイト。

ボーディングの案内があったので、ラウンジを出て搭乗口に向かう。

(右)引退したコンコルドが誘導路上に保管されていた。


(左)8:55発、BA890便、ソフィア行きの搭乗。
(中)離陸した飛行機はいったん西に向かい、ブリテン島の西端付近で旋回してヨーロッパ大陸を目指した。
(右)機内食は、伝統的なブリティッシュ・ブレックファスト。「イギリスで不味いものを食べないようにするには、毎日朝食を3回食べろ」とも言われるように、まあまあ美味しく食べられた。


(左)ロンドンを出て約3時間、ブルガリア領内に入った。一週間ほど前に中東欧を襲った大雨の影響で、いまだにところどころが水没していた。
(右)14時頃、ソフィア空港到着。英国との時差は2時間。

(左)到着時のブルガリアは曇りがちでやや肌寒かった。
(右)ブルガリア人のほか、黒海沿いのリゾートに向かうと思われるイギリス人観光客も多かった。

ところで、今回の旅行計画になぜブルガリアを組み入れたかというと、イギリスに住んでいた時の日本人の留学生の友人が今度はブルガリアの大学に留学し、一度遊びに行ってみようと思っていたため。ソフィアを旅程に組み入れた世界一周航空券を発券し、出発の少し前、久しぶりに彼に連絡を取ってみると、なんと現在はオーストリアで就職し、もうブルガリアには住んでいないという。ありゃ…

いまさらルートの変更も面倒だし、ブルガリアに行くのも初めてだったので、友人には会えずともブルガリアを旅行してみるか、ということで、こうしてソフィアに降り立った。


(左)ソフィア空港ターミナル。ここからバスで市内へ。
(右)中心部のソフィア大学前でバスを降りる。


(左)まず、バスターミナルに向かい、明日の晩、黒海沿いの町へ向かうバスのチケットを予約しておく。
(右)その隣には国際路線のバスターミナルと鉄道駅が。


(左)チケットの手配のあとは宿探し。目抜き通りにあるドミトリーにチェックイン。一泊10ユーロ。
(中)部屋の様子。4人部屋。さて、荷物をおろして市内観光へ…と思っていたらマネージャーがやって来て、近くにある同系列のホステルに移動してくれと言う。どうやら手違いで予約でいっぱいなのにベッドを提供してしまったらしい。はあ~…
(右)で、5分ほど歩いて連れて行かれたのがこちらのホステル。設備もほぼ同程度なので、まあ仕方ないか。それにしても東洋人だとやっぱりナメられているような気が…


ソフィアの中心部、スヴェタ・ネデリャ広場へ足を運ぶ。国営のツム・デパート(中)、旧共産党本部(右)と重厚な建物が並ぶ。

(左)市内には網の目のようにトラム(市電)が走っていて、移動に便利。
(右)スヴェタ・ネデリャ広場の真ん中にある、聖ペトカ地下教会。


広場のすぐ横にある大統領府で行われる衛兵交替式。

博物館や美術館などが立ち並ぶ通りを少し歩いてみる。

(左)聖ニコライ・ロシア教会。塔のタマネギ帽子がいかにもロシア的。
(中)考古学博物館。
(右)国会議事堂広場の中央に建つ、解放者記念像。ブルガリアをオスマン朝支配から開放した英雄、アレクサンダル2世の像。


金色のドームが印象的な、アレクサンダル・ネフスキー寺院。外観、内装とも非常に荘厳。


ブルガリア正教の本拠だけあって、教会だけでなく、こうして道端にもイコン(聖人のモチーフ画)が普通に売られている。

夕方になってだいぶ日も傾いてきた。そう言えば、ブルガリアに着いてから何も食べていない。

(左)ブルガリア料理のファストフード店で遅い昼食。トマトの冷製スープとリゾットのようなもの。
(右)店を出てぶらぶら歩きながら、道端のスタンドでデザートのアイスクリームを。


メインストリートを少し北に歩いたところにあるセントラル・ハリ(中央市場)。

宿に戻り、ベッドに横になりながら、夕食はどうしようかなどと考えているうちに、日本からアメリカ経由で一気にここまでやって来た疲れが出たのか、そのまま眠り込んでしまった。

明日は、ソフィアから少し足を伸ばし、ブルガリア正教の総本山、リラの僧院へ行きます。

続く


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コメント 2

キー

ベジマイト。。。
オーストラリア滞在中、何度もトライしようと思ったけど結局最後までチャレンジできなかった思い出あります。まあ、要は怖じ気づいたわけですが(笑)。しかしやはりマズいんですね(笑)。人柱おつかれさまです♪

しかしブルガリアまで行ってたんですか?タイの百貨店内の喫茶店でお茶飲んでたとき、隣にいたイタリア人が「ブルガリアはパラダイスだ!」と紅潮した顔で話しかけてきて叫んでたのが印象に残ってます。今思えば、昼間っからラリっているダメ白人だったわけですが。

写真から察するに。オスマントルコ支配の面影が残っている気がします。なんとなくトルコに雰囲気似てますね。隣の国だから当然なのかもしれませんが。
そういやなんでもヨーグルトの食文化もそっくりですね。いいなあブルガリア。
by キー (2006-09-29 01:04) 

ちくりん

キーさん
ベジマイトは味覚音痴のアングロサクソンだから受け入れられるものであって、食文化が豊かな地域の人間にとっては食べ物という概念を超えています。薬とかサプリメントと思わないととても食べられません。この時ラウンジからパクってきたマーマイト(英国版ベジマイト)が、まだうちの冷蔵庫に眠っていますが、食べる勇気はありません。

ブルガリアを絶賛する人は結構他にもいるようです。美人の国として有名ですし、共産主義が崩壊した後の東欧諸国は性風俗関係がすごいことになっているようですから。僕は見かけなかったのですが、トラックなどのドライバー目当てに幹線道路には売春婦がずらっと並んでいるそうです。

ずっと支配されていたこともあり、隣国トルコの影響はやはり大きいですね。逆に僕はブルガリアに行って次はトルコ行ってみたくなりました。いいなあトルコ。
by ちくりん (2006-09-30 19:57) 

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